教員紹介

 

宮川壽夫みやがわひさお

大阪市立大学大学院経営学研究科 教授

電話:06-6605-2240 (研究室直通)
E-mail:miyagawa@bus.osaka-cu.ac.jp

 

宮川壽夫みやがわひさお

大阪市立大学大学院経営学研究科 教授

電話:06-6605-2240 (研究室直通)
E-mail:miyagawa@bus.osaka-cu.ac.jp

学位・学歴

博士(経営学)
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。

専門分野

コーポレートファイナンス理論の実証研究。

研究領域

企業価値と利益配分、組織の経済学、コーポレートガバナンス、株主構成、資本コスト、
ソーシャルキャピタルとESG投資、株主優待、ファミリー企業、科学的思考、等々。

自己紹介

このたびは当研究室のウェブサイトにお越しいただき大変ありがとうございます。ここは担当教授と学生が一緒に作ったとてもユニークなウェブサイトです。どうかごゆっくりとお過ごしください。

当研究室を切り盛りしている私の自己紹介をしておきます。私のバックグランドは、大学のセンセイとしては少し普通ではないかもしれません。というのも、1985年4月に普通に大学を卒業して、野村證券という民間企業に普通に入社し、普通に営業マンとして働き始め、わずかに運がよくて海外留学を経て、希望していた投資銀行部門に配属されました。ここでは主に上場企業の資金調達やM&Aなどの業務を経験しました。その経験は、コレステロールに注意している人が食パンにバターを塗るように、まんべんなく幅広く、しかし若さゆえにやや薄いものでしたが、これから人生を生きていくうえで必要なあらゆるものを教えられているような気持ちで楽しく仕事をしていました。

ところが、あろうことか40歳になったとき、米国トムソンファイナンシャルへの移籍のお誘いを受け、それ以来シニアディレクターとして7年間コンサルティンググループを率いてきました。ここでは、木村屋のあんぱんのあんこのようなボテッとした分厚い経験をこんもりと積むことができました。必ずしもあんこのように甘い経験ばかりではなかったものの、非常にエキサイティングな日々を生き生きと送ることができました。

ずっと自分の仕事の現場としていた資本市場についてふと思うところがあって、2005年に筑波大学大学院修士課程に進学し、コーポレートファイナンス理論を研究するためビジネスマンと学生の二足の草鞋を履く生活を選択しました。修士論文を残すことが目的でしたが、それでは飽き足らず修士課程を修了するとすぐ博士課程に進学し、一気に無酸素運動のように博士論文を書き上げました。今思い出しても息が苦しくなります。

博士課程に進学した2007年に、ちょっとしたきっかけで再び野村證券と縁ができて、IBビジネスコンサルティング部エグゼクティブディレクターとして古巣に戻りました。野村證券は私にとってとても居心地がよくて大好きな会社だったのですが、人生わからないもので、息絶え絶えながらも運よく博士課程を修了して博士学位を取った2010年に、これまた不思議な縁があって大阪市立大学大学院経営学研究科の専任講師として赴任することになりました。野村證券には二度入社して二度退職したことになります。

大阪に来て半年後に准教授となり、3年後に教授となりました。2015年には幸運にもワシントン大学の客員研究員となり、シアトルの青い空のもとで幸せな日々を送ったのちに再び大阪市大に戻り、現在に至るというわけです。

このように普通の大学の先生としては、あるいは普通にサラリーマンから出発した社会人としては、ややカラフルな人生の歩み方をしてきました。現在の私は、大学という高等教育に対してあり得ないほどの高邁な理想を持って仕事をしています。理想が高すぎると苦しいことが多いのですが、これからも高い理想を目指して教育と研究に邁進していきたいと思っています。

 

学位・学歴

博士(経営学)
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了

専門分野

コーポレートファイナンス理論の実証研究

研究領域

企業価値と利益配分、組織の経済学、コーポレートガバナンス、株主構成、資本コスト、ソーシャルキャピタルとESG投資、株主優待、ファミリー企業、科学的思考、等々。

自己紹介

このたびは当研究室のウェブサイトにお越しいただき大変ありがとうございます。ここは担当教授と学生が一緒に作ったとてもユニークなウェブサイトです。どうかごゆっくりとお過ごしください。

当研究室を切り盛りしている私の自己紹介をしておきます。私のバックグランドは、大学のセンセイとしては少し普通ではないかもしれません。というのも、1985年4月に普通に大学を卒業して、野村證券という民間企業に普通に入社し、普通に営業マンとして働き始め、わずかに運がよくて海外留学を経て、希望していた投資銀行部門に配属されました。ここでは主に上場企業の資金調達やM&Aなどの業務を経験しました。その経験は、コレステロールに注意している人が食パンにバターを塗るように、幅広く、そしてごく薄いものでしたが、これから人生を生きていくうえで必要なあらゆるものを教えられているような気持ちで楽しく仕事をしていました。

ところが、あろうことか40歳になったとき、米国トムソンファイナンシャルへの移籍のお誘いを受け、それ以来シニアディレクターとして7年間コンサルティンググループを率いてきました。ここでは、木村屋のあんぱんのあんこのようなボテッとした分厚い経験をこんもりと積むことができました。必ずしもあんこのように甘い経験ばかりではなかったものの、非常にエキサイティングな日々を生き生きと送ることができました。

ずっと自分の仕事の現場としていた資本市場についてふと思うところがあって、2005年に筑波大学大学院修士課程に進学し、コーポレートファイナンス理論を研究するためビジネスマンと学生の二足の草鞋を履く生活を選択しました。修士論文を残すことが目的でしたが、それでは飽き足らず修士課程を修了するとすぐ博士課程に進学し、一気に無酸素運動のように博士論文を書き上げました。今思い出しても息が苦しくなります。

博士課程に進学した2007年に、ちょっとしたきっかけで再び野村證券と縁ができて、IBビジネスコンサルティング部エグゼクティブディレクターとして古巣に戻りました。野村證券は私にとってとても居心地がよくて大好きな会社だったのですが、人生わからないもので、息絶え絶えながらも運よく博士課程を修了して博士学位を取った2010年に、これまた不思議な縁があって大阪市立大学大学院経営学研究科の専任講師として赴任することになりました。野村證券には二度入社して二度退職したことになります。

大阪に来て半年後に准教授となり、3年後に教授となりました。2015年には幸運にもワシントン大学の客員研究員となり、シアトルの青い空のもとで幸せな日々を送ったのちに再び大阪市大に戻り、現在に至るというわけです。

このように普通の大学の先生としては、あるいは普通にサラリーマンから出発した社会人としては、ややカラフルな人生の歩み方をしてきました。現在の私は、大学という高等教育に対してあり得ないほどの高邁な理想を持って仕事をしています。理想が高すぎると苦しいことが多いのですが、これからも高い理想を目指して教育と研究に邁進していきたいと思っています。