プロのプレゼンと素人のプレゼン

 その昔、私が外資系企業に勤務していた頃、レポーティングする相手は日本語ができないイギリス人であった。彼からすれば英語ができない日本人とのコミュニケーションはさぞかし不安だったろうと思うが、私にとっては実にストレスな日々でもあった1。言葉もさることながら実際は習慣や考え方の違いから生じる壁の方が厚くて高い。彼との意見が合 わなくて話がまとまらないミーティングの最後にはいつも決まって私は “Client First is my business philosophy ! ”と叫んで机をドンとやる。これだけは絶対に理解せえということを伝 えたかったのだが、「誰かのために自分の仕事はある」という思いを持つことは気持ちを高 揚させる。自分の給料は会社からもらっているんじゃない、クライアントからいただいて いるのだというのが私の信念でもあった。ただ、自分にそう言いきかせながら自分自身の気持ちを鼓舞していたのかもしれない。
 さて、自己中心ではなく徹底して人のために働くことはプロフェッショナルになりきる条件の一つだと思う。しかし、誰かのためと言いつつも実際はそれが自己暗示に過ぎないことが多い。諸君がプロである必要はないが、本稿ではこの考え方を発展させて諸君がゼミで行うプレゼンやレポートや論文の作成に焦点をあてて考えてみたい。実はプロである はずの実務者のプレゼンにもシロウト同然の出来が多い。結論を先んじるならば、プロの プレゼンと素人のプレゼンとの違いは「相手のため」に行っているかどうかである。
 素人は自分のためにプレゼンを作成し、プロは人のために作成する。また、自分のため に文章を書くのが素人で人のために文章を書くのがプロである。多くの人が陥る過ちは、 無意識のうちに自分にとってわかりやすい展開で、自分に心地のいい内容のプレゼンを行 ってしまうところにある。いくつかの要因が考えられるが、ここでは主に重要な三つの過 ちを挙げておこう。
 第一の過ちは、自分の思考プロセスや作業プロセスをそのまま相手に見せようとすること。科学的思考論のゼミでも教えた通り、自分の思考プロセスとそれを相手に伝える手順 は逆になる。結論に至るまでに自分が考えたことや作業したことを延々と述べるとせっか くのいいアイデアも台無しになることが多い。さらに、自分がここまで時間をかけて苦労 して作ったということをやたらと訴えたがる。これは学生のレポートにもありがちだが、 実務の人がよくやってしまう。あなたのためにここまでの時間と労力を投入しましたとア ピールしたい気持ちはよくわかるが、往々にして共感は得られない。わかりやすくスッキ リと頭に入って来る快感の方が聴き手には重要なのである。まずは相手にとってわかりや すい展開になっていなければ勝負にならない。
 第二の過ちは、自分にしかわからないような表現あるいは自分自身もよくわかっていな いような曖昧な言葉を使用すること。私はゼミでも言葉の定義を明確にして言葉を大切に使えとよく言っている。時々冷淡な表情で「その定義はなに?」と指摘することがあるが、それは話している学生自身も曖昧な定義のまましゃべっているなと感じるからである。覚えたての難しい表現をちょっとオトナっぽく使ってみたいなという気持ちは理解できるが、 自分でもよくわかっていない言葉を使って相手を説得することは難しい。できたとしたら 詐欺に近い。確かに相手の知らない言葉を並べたてて相手より自分が情報量で勝っている ことを示すことは交渉においてひとつのテクニックになることもある。しかし、それは誠 実とは言えない。少なくとも “Client First ” をモットーとするビジネスマンであれば避ける べき手法である。また、特にプレゼンや論文の中でキーワードに解釈の広い抽象的な言葉 を使わないことも重要である。あくまで相手との同調が優先されなければならない。
 第三の過ちは、同じような内容を繰り返すことによって相手を理解させるより自分に自 己暗示をかけてしまうこと。自分の主張を自分自身に納得させるかのように類似の表現パ ターンを繰り返してしまうことがよくある。そうしているうちに実際は不確かな予測であ るにもかかわらずそれがあたかも間違いない真実のように自分自身が錯覚してしまうので ある。ありがちな失敗は、根拠となる資料は多い方がいいという勘違いである。似たよう な資料をかぶせてかぶせてしつこく持って来て数ページに及ぶプレゼンを作り上げると何 だかやったなという気持ちになってしまうが、見せられる相手には響かない。重要性の低 いものをそぎ落として簡単で簡潔に自分の主張を述べることの方が説得力は高い。
 プレゼンは歌や詩のように自分の感性を表現する芸術ではない。自分の言いたいことを 相手が間違わないように理解してもらい、説得することである。読み手の頭がストレスな く自然に受け入れるような構成と表現を工夫しよう。期生はこの時期、就職活動でエント リーシート(ES)を書いているが、これも同様に考えてもらいたい。ES は採用担当者が分 担して読んだとしてもおそらく一人で数十通、数百通もの ES を読まされている。そのスト レスを考えれば最も重要なことはわかりやすいことである。まずは頭にスーっと入って行 く内容であることが良い ES の最初の条件である。
 私の研究室にも ES の相談に来る学生が多い。熱い気持ちを伝えたい学生はあらん限りの 表現で言葉を躍らせるが、学生が使う表現のバリエーションにはせいぜい限界がある。ど れも似たような抽象的で根拠希薄な内容が繰り返されている。ES についてもうひとつだけ 言えば、他人との違いを見せることにある。プレゼンも ES も自分の名前が別の 君に入れ 替わったとして筋が通るかどうか検討してみよう。例えば ES で「何にでも興味を持って努 力する根性と体力には自信があります」は 君が書いても 君が書いても大きなウソには ならないが、「ゼミではガバナンスに関する研究を行い、グループで作成した研究論文が学 会誌に掲載され、賞を受けた。」は他の人が書いたらウソになる。名前を入れ替えても筋が 通るということは抽象的なメッセージしかないということである。ES も同じだが、プレゼ ンや論文を作成するときは自分の名前でしか筋が通らない具体的で独創的な内容を意識し てほしい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL