平成30年間で産業の主役は変わったか?~日本企業の時価総額にみる推移~

論文要旨

本論文は、本年の 4 月末をもって平成時代が終わることに着目し、平成元年である 1989年と 2018 年の東証上場企業の時価総額上位層を比較することで、平成 30 年間を経て日本経済を牽引している企業や産業がどのように変化したのかを明らかにした論文である。

平成時代は、1989 年 1 月 8 日に始まり、昨年 2018 年は、平成 30 年の節目の年にあたる。この 30 年間、日本や世界の様々な出来事の影響を受けて、日本の株価や景気は大きく変動した。一方、世界では 1990 年代に産業構造の大きな転換期を迎えており、世界の産業は製造業中心から IT 産業中心へとシフトしていった。今の世界の時価総額ランキングトップ 4 に含まれる、アマゾン・ドットコムやアルファベットも 1990 年代に誕生した。

日本では様々な出来事の影響を受けその都度株価が変動し、また世界では産業構造の大きな転換期を迎えていた平成時代、日本を牽引する企業や産業はどのように変化したのか。本論文はこの問いをテーマにしている。

本論文では、平成元年である 1989 年と 2018 年に東証に上場している企業の時価総額のデータの中から、各年度の時価総額上位 100 社のランキングを作成し、産業構造の変化の分析を行った。さらに、日本の産業構造の特徴を多角的に分析するために、1売上高ランキングとの比較、2アメリカ時価総額ランキングとの比較の 2 つの視点からも分析した。その結果、主に以下のようなことが発見された。日本の時価総額上位企業は 30 年間で実に 7 割近くが入れ替わっており、日本の時価総額を牽引する企業の顔ぶれは大きく様変わりしていた。産業別にみると、平成元年、時価総額上位に最も多く登場していた銀行業の企業数や時価総額が平成 30 年間で大きく縮小したように、縮小した産業もあれば、医薬品事業などの拡大した産業も観察され、時価総額上位を牽引する産業構造は変化した。また、30 年の間に業界内で激しく順位が入れ替わるダイナミックな産業も見られた。

一方で、日本の売上高を牽引する産業は 30 年間で大きくは変化しなかった。依然としてトヨタ自動車に代表される輸送用機器や、パナソニック、ソニーなどの電気機器が多く、ものづくり産業が日本の売上高を牽引していた。時価総額では上位であるにもかかわらず、売上高ではそれほど上位ではない企業もみられた。

また、アメリカと比較することで、日本の産業はアメリカよりも新陳代謝が起きていないことが分かった。アメリカの 2018 年の時価総額上位 5 社のうち 2 社は 1989 年以降に立ち上がった新規企業であるのに対し、日本で 1989 年以降に新規に立ち上がった企業が2018 年の時価総額上位 100 社に含まれることはなかった。

あとがき

宮川ゼミでは、実証分析の卒業論文がメジャーですが、私が卒業論文でとった手法は、ファクトファインディングというものです。私がこの手法で、卒論を執筆するに至った理由のひとつが、自分の頭で考えることに対する苦手意識でした。

卒論のテーマを考えるにあたって、当初はもちろん実証分析の研究も視野に入れていました。しかし、ファクトファインディングという手法を知り、「どのようなデータを作成して、そこから何を見出すのか」、すべてが自分で考えることから始まるこの手法で卒論に取り組むことで、卒論執筆を、苦手意識にも向き合う時間にしたいと考えました。

自分の頭で考えることや、自分の考えを言語化することが苦手だと思っていましたが、実際に卒論を書き始めると、苦手とは違った感情を持っていました。自分が言いたいことをどのように表現して、どのように繋げれば最も読む人に伝わるのか、それを考えて組み立てる作業は、楽しくて仕方がなかったです。そして、論文執筆にあたって、全体を概観する「はじめに」を最初に書いたことで、「私の描きたいストーリーには、〇〇について論述する必要がある」「この章でこう述べることで、次の章に繋げたい」と新たに気づいたことが多く、それが私の卒論執筆の原動力になりました。

そして、論文を執筆していく中で、何度もこのテーマで卒論を書いて本当によかった、自分の取り組んでいるテーマが好きだと思いました。私の取り組んだテーマは、「日本経済を牽引する企業や産業は平成 30 年間でどのように変化したのか」というものでした。今年2019 年に平成時代は終わり、新しい時代を迎えようとしています。そのような節目の年に、私の学生生活も終了し、社会人としての新しい生活が始まります。そのようなことを考えて取り組むことになったテーマですが、平成が終わるこの年に、時間をかけて平成時代や日本の産業について学び、考え、自分なりの表現で卒業論文としておさめることができたのは、私にとって感慨深いことでした。想像以上に私は平成や日本企業について無知で、掘れば掘るほど気になることがでてきて研究の横道に逸れることは多く、結果として執筆に十分に時間を与えることができなかったことは悔やまれますが、おかげで平成時代について考えている間に平成最後の年越しを迎えることができたのも良い思い出です。

最後になりましたが、私の 2 年間のゼミ生活、そして卒論執筆に関わり、寄り添ってくださった皆さんに謝意を述べたいと思います。

宮川先生。2 年間本当にお世話になりました。先生から、教えていただいたコーポレートファイナンスという学問は奥深くて、先生やみんなとコーポレートファイナンス理論のもとで議論する時間は楽しく、大好きな学問になりました。卒論指導においては、このような魅力的なテーマに導いて下さり、研究室でいつもわたしにはない研究の視点を教えてくださいました。卒論のゴールが見えず途方に暮れていたときには、「がんばれよ」と背中を押してくださり、私は先生のその言葉で毎回気持ちを新たにし、卒論を書ききることができました。6 期生。私はとにかく 6 期生のみんなが好きです。それぞれにそれぞれの魅力があって、私にはないもの、考えを持っているみんなのことを本当に尊敬しています。学情に向かうと必ずだれかがいて、頑張っている姿や、わたしとは違う考えを、あつく語ってくれるみんなに何度も刺激をもらいました。思えば、1 年前と今ではみんなの関係性も随分変わったような気がします。いつの間にか、どうでもいいことや、真剣な話、相手に対する意見など、他の友達には言えないことも言えるようになったと思っています。

OBOG のみなさん、後輩のみんな。卒業した今でも、ごはんに誘ってくださり親身に相談に乗ってくださることに本当に感謝しています。そんな先輩方と、時には一緒になってカラオケではしゃいだりできる関係でいられることが本当にうれしいです。後輩のみんなは、わたしが卒論をしている間、CORE 研究で熱心に議論している姿に私も負けていられないなと思わせてくれました。そしてその CORE 研究の完成度は本当に高く、自信をもって研究発表をしているみんなの姿が、私は誇らしかったです。

そして最後に、一番近くで私の成長を見守り、支えてくれた両親には本当に感謝しています。勉強で遅くまで学校に残った日には、必ず駅まで迎えに来てもらっていました。ゼミや就職活動で働くことについて考えていく中で、これまであまりわたしが気にしていなかった父の仕事関係の話について一緒に話すことが増えました。仕事を楽しいと言い、社会にでていろいろな経験をして 30 年間も仕事を続けてきた父のことをすごいなと思った瞬間もあります。私が落ち込んでいるときには気にかけて励ましてくれたり、おいしいごはんを用意してくれて、誰よりも一緒にふざけあって涙が出るほど笑ってくれる母の存在は大きいです。

これまで私を支えてくれた皆さん、いつも本当にありがとうございます。どうか、これからもよろしくお願いします。

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