宮川研究室のスローガン「知のダンディズムを目指せ!」はウェブサイトのトップページにも堂々と掲げられています。2 期生は圧倒的に女子学生が多いのでダンディズムという表現がピンと来ないかもしれませんが、ダンディズムは決して男性に限った言葉ではありません。ゼミ内でも「それってダンディズムちゃうわー!」といった会話がそれなりに成り立っているようです。今回は改めて「知のダンディズム」を考えてみましょう。
この前、ゼミ生で日本拳法部に所属する女子学生の通称リンゴくんが「次の試合では後輩にカッコイイところを見せたいので必死で練習している」とブログに書いていました。 ダンディズムは要するにカッコよく生きることです。こういうと「見た目ばかりにこだわ って中身がない」とか「人を外見で判断してはいけない」などの教訓から反論を浴びそうです。しかし、リンゴくんが言っているようにカッコよくあるためにはかなりの努力が必 要ですし、実際には中身が伴わなければカッコつけることはできません。リンゴくんもそれがわかっています。われわれ人間は服装や言葉遣いや態度といった「カッコ(格好)」に よって自分自身を相手に表現できる生き物です。見た目に意思を持たないことの方がそもそも私には不思議です。服装や態度がだらしない人でも仕事だけはできるということがないとは言いませんが、やはり職業的能力の高い人はその意志がシグナルとして見た目に現れているように思います。また第一印象というものは常に重要です。
ダンディズムとは近代社会への移行期にあった 19 世紀の英国で生まれた価値観で、効率性や生産性ばかりを追い求める時流に対して「着飾る」という富と時間を浪費する行為によって世の中に抵抗する態度に起源があるようです。ダンディズムは、群れを作って同調 しながら一方向に流れる世の中に対して、迎合することなく常に自分自身をしっかり持って自分の意思で行動する心意気であると私は理解しています。効率性や生産性から少し離れたところで無駄に頑張る反骨な生き方、体制から超然としながらも冷静を保ちつつモノゴトを見る姿勢、このようなダンディズムはコーポレート・ファイナンス理論が前提とする経済効率の世界と最も遠い距離に位置する概念です。それだけにコーポレート・ファイナンスを研究する私にとってはむしろ常に目指しておきたい価値観なのです。
ダンディズムとは「個」の塊であって、これを定義すること自体がご法度です。しかし、本稿では私が目指したい生き方、そしてゼミ生諸君にこうあってほしいと思う宮川研究室的「知のダンディズム」をあえて考えてみます。
まず何よりも大事なことは独創性を尊ぶことにあります。自分自身の中に確固たる意思決定の判断基準を持ち、他人への安易な迎合や目先の流行への追従を嫌うことです。「自分の存在が唯一無二であって代替性が効かず類似性も存在しない」(前出の[中野 2009]より)、そんな時流を超越した存在感を目指すことがダンディズムです。
しかし、独創的だからといって自分の考えをことさら声高に主張し、その態度が他人から疎んじられるようでは単なる変わり者でしかなくダンディとは言えません。ダンディであるためには、自分の考えを持つと同時に自分と異なる他者の考え方に興味を示し、常に他者を尊重できることだと思います。単に孤立することがダンディズムではありません。 どのような相手に対しても思いやりを持ち、穏やかでやさしい接し方ができる人間でなけ ればなりません。そのようにしてすんなりと多くの人の輪に溶け込める人間的魅力を持ち たいものです。人の輪の中で説得力のある考えをきっぱりと述べることができ、感情に押し流されることなく、いつも快活な態度で影響力を発揮する、そういう爽やかで潔い存在がダンディです。
これらは決して世の中に迎合することではないはずです。宮川研的ダンディズムは中世ヨーロッパのダンディズムとは異なり、社会性を重んじる点が特徴です。正義を愛し、卑劣を憎み、高い道徳心を持ちましょう。そして、欲を言えばダンディには勇気と誇りが似合います。他人に思いやりを持つためには、強い立場にある相手に対しては毅然として立ち向かえなければなりません。表面的なやさしさではなく強さを裏付けにしたやさしさのみが本当のやさしさです。嘘やごまかしや逃げはダンディズムに許されません。
以上、私が「知のダンディズムを目指せ!」に込めた思いです。理想は高いですが、私は少しでも近づけるよう努力したいと思いますし、あるいは近づけないとしても近づけない自分の「カッコ悪さ」を常に恥ずかしいと感じながら生きていきたいと思っています。 ダンディズムはある意味では神話的理想の生き方を象徴した表現に過ぎません。今回はダンディズムの条件を私なりに考えてみましたが、諸君なりのダンディズムがあっていいと 思います。なにか自分が大切にしている価値観や生き方、そうでない自分をカッコ悪いと省みることができるような一つの理想をダンディズムという言葉に載せてみて下さい。ただし、単に内にしまっておく思いではなく、意志ある態度で堂々と示す「カッコ良さ」が ダンディズムです。
『ダンディズムの系譜』中野香織2009年(新潮選書)を参考にしています。本書はダンディズムの歴史や定義について書かれており、そこでは「徹底して個を貫き、世間を支配する枠組みとは全く別の枠組みを持ち込むことで、その他大勢にすがすがしく優越した存在」、「華麗な装いと振る舞いで世間を驚かせ、 優雅に価値の革命を起こし、後世に多大な影響力を及ぼしてきた伝説」などと表現されています。