言葉は通じない、気持ちで語れ!「RASOI」のインド料理
今日の昼はひとつカツどん大盛で行くか、と「カツハウスオーレ」に向かう途中、両手を合わせて丁寧に私にお辞儀をするインド人がいる。「おっと、ずいぶん行ってなが、覚えておいてくれたか」と少し申し訳ないような気持ちで、こちらも両手を合わせて丁寧なお辞儀を返しておいた。そろそろ久しぶりにこの店のカレー食べにいかなきゃ、というわけで今回ここでご紹介することにしよう。杉本町唯一の本格インド料理店「RASOI」である。
店主はグナナンド・ラトリさん。年齢不詳だが生粋のインド人である。ここに店を出して10 年近くになるにもかかわらず日本語はあまり通じない。そのかわり英語もまったく通じない。しかし、人の好さそうなラトリさんの笑顔には心が通じる気がする。店はずっとラトリさん一人でやっているが、ラトリさんはときどきインドに帰る。帰ると数か月は戻って来ない。ラトリさん不在の期間はなぜか別のインド人が店を切り盛りしている。
どういうシステムになっているのかはわからない。ラトリさんは最近になってインドからまた言葉の通じないインド人を連れて帰ってきた。
店名は数年前に RASOI に変わったが、なぜ変えたかを訊ねても詳細はよくわからなかった。聞き取れたのは「RASOI」が「キッチン」を意味するということである。上の写真のように店頭にはインド国旗が堂々と掲げられている。左下の写真、右端がラトリさんなのだが、逆光の上にラトリさん色黒な。のでいい笑顔が写らない。
ラトリさんによれば、ときどきインドに帰って地元のインド料理店で情報をアップデイトし、新たな香辛料やら料理手法やらを果敢に取り入れて来るらしい。したがって料理は本格的である。銀の大皿の上にカレーが入った銀の小皿、オレンジ色のドレッシングがかけられた千切りキャベツに特大ナン、さらにタンドリーチキンという、インド料理ではよく見られるオーソードクスなスタイルの料理が出てくる。
カレーの種類は、本日のカレー、キーマ、野菜、エビ、チキンとさほど多くないが、そこにはラトリさんが納得する香辛料のみがいくつも混ぜ合わされている。辛さは、甘口、中辛、辛口、激辛、極辛の五種類があり、それぞれ説明が書かれている。それによれば、激辛は「辛さに自信のある上級者向け」とされている。この店で激辛をオーダーする人はカレー上級者としてのちょっとした優越感に浸るに違いない。生きているうちに一度はそのような誉れに浴したいものである。ちなみに、最上位の極辛の欄には「責任持てません」とある。
ランチメニューはカレー1 種類にナン、サフランライス、大盛白飯のいずれかを選べるセットが 750 円。ランチにはサラダとタンドリーチキンがついてくる。お得な学生ランチもあるが、私は RASOI ランチをオーダーする(下の写真)。これはカレー2 種類が選択可能でサフランライスとナンの両方がついている。本日は私の好きなキーマカレーとチキンカレーのいずれも辛口をチョイスすることにした。さらに写真のように RASOI ランチについてくるタンドリーチキンは手羽先と手羽元の両方が添えられる。ちなみにサフランとは香辛料の一種だが、前ページの店頭の写真にあるインド国旗の一番上の色に配されており、ヒンドゥー教を意味している。
店の入り口左側にラトリさん自慢のナンを焼く壺窯オーブンが備えられている。インド料理ではタンドールと呼ぶ。夏の暑い日でもラトリさんはタンドールでせっせとナンを焼く。ランチをオーダーするとナンは 1枚まで無料で追加できることになっている。しかし、追加したナンを食べ終わるとラトリさんは「もう一枚いかが?これサービスよ!」とナンをパンパンと手で薄く伸ばしながら誘いをかけてくる。さすがに私もこの店の特大ナン 3 枚は昼間から無理である(夜だとしてもちょっと無理かも)。サービスといえばラッシーはサービスしてくれることがある。「プロフェッサー、ラッシーどうよ?サービスよ。マンゴーラッシーもあるよ。」私はいつもマンゴーラッシーをお願いすることにしている。辛いカレーには欠かせないアイテムである。
私が初めて本格的なインド料理に遭遇したのは約 30 年前。ロンドンに留学した時である。ホームステイ先の近くにインド料理店があり、そこにオーダーをしてから子供たちを連れて取りに行くというのがこの家の習慣だった。カレーが何種類もあるのでみんなで取りに行く。この食卓で食べた「curry」は当時の私が日本でご贔屓にしていた
「ハウスバーモントカレー」とは似ても似つかないシロモノだった。こんなうまい食い物が世の中にあったのかと感動した。インドがイギリスの植民地であったことからロンドンにはインド料理の名店がいたるところにある。日本式のカレーはインドから直接ではなく、イギリスから伝わったともいわれている。
さて、そんなカレー好きの私にとって RASOI は貴重な存在である。昔よく行ったギロッポンのインド料理店の味に似ている。カレーはどれも臭みがなく、まろやかで日本人の味覚に合う。食べた瞬間に甘さが口に広がり、その後に辛さが襲う。そこですかさずマンゴーラッシーをグビグビいく。自慢のタンドールで焼くナンはラトリさんのこだわりである。やや薄めだが、外側のぱりぱり感は適度で中のもちもち感が豊かだ。外側を焼き過ぎたナンは食べているうちに皮のようにペラッとはがれるから少し悲しいが、ラトリさんのナンにはそのような落ち度はない。
あのナンの独特の形はどこのインド料理店でも同様だ。あの形はインドの国土を表していると昔だれかに聞いたことがあるが(おそらく六本木の店)、コトの真偽はわからない。ナンは細い方からちぎる。ちぎったナンは親指と中指で持ち、人差し指で真ん中に谷を作ってカレーをすくえるように成形する。最初は大きくちぎってたっぷりとカレーをすくう。特にラトリさんのキーマカレーはひき肉たっぷりなので大きめの「谷」が必要だ。また、サフランライスの場合は、まずスプーンに適量のライスを取り、カレーの入った銀の小皿にスプーンごと投入してライスがだぶだぶになるまでカレーに浸す。多少熱くても一気に口に運ぼう。
ナンの量とサフランライスの量を見ながら浸すカレーの量を調整することが大切な課題となる。カレーを倹約して、途中でナンが足りなくならないよう注意したいところだが、ナンに対してカレーの量が残り過ぎているなと思った瞬間、ラトリさんから「ナンもう一枚食べない?これサービスよ!」の誘いが飛んでくるので、ここにも注意が必要となる。
うっかり調子に乗るとナン何枚食べたかわからなくなってしまう。さて最後に、カレーの残りがなくなったらナンできれいに銀の皿をふき取るようにして最後まで食べよう。
これほどうまいカレーを出すのに私がこの店にさほど頻繁に通わない理由は二つである。まず、ここのカレーにはマンゴーラッシーではなく、なんたってビールが合う。キーマカレーだけでビール三~四杯は軽くイケるはずだ。さすがに不良教授の私でも昼間から大学の近くでビール飲みながらランチするほど豪気ではない。では、夜行けばいいか。写真を見れば明らかだが、この店はゆっくり話をしながらディナータイムを過ごすには狭すぎる。特に私のような大男は自分もキツイが、なにより周りが迷惑である。店はカウンターのみなのでグループで向かい合って食事することができない。カウンターテーブルの幅も小さいが、椅子も小さいので私のデカイ尻には負担が大きくて長時間座っていられない。
背もたれがある座り心地の良い椅子で、テーブルが広くてゆったりしていて、冷房がこれでもかとガンガンに効いている店、これが私が夜飲みに行くお店の最初の条件である。