ボウタイの理由

 ハイ、諸君、こんにちは。昨年の外書講読における授業評価アンケートの話である。「こ の講義で良かったことや改善を要することなど先生に伝えたい意見があれば自由に記述して下さい。」という問いに対して「毎回変わる宮川先生の蝶ネクタイとサスペンダー!」と 一言だけ「!」付きで答えてくれた学生がいた。ポジティブな意見と解釈すべきかネガテ ィブな意見と解釈すべきか迷うところではある。手がかりは「毎回変わる」といっている 点だが、どうやら少なくともこの学生は継続して当該講義に出席したことだけは間違いが ないようである。ただし、正確には蝶ネクタイではなくボウタイという。私は教室では正装することに決めている。
 さて、これまで何度も言ってきたが、大学で行う学問が、中学校や高等学校の勉強と決定的に異なる点は、大学生として「既存の知識に対するリアクション」を求められること にある。中学校や高等学校では世の中にすでに存在している知識を習得し、それを再現し、 応用することが求められる。ひたすら学校の机におとなしく座って人の話を聴き、予習と 復習をすることが正しい高校生であり、それによって一定の学業的効果が得られることが 一般的である。
 もちろん大学でも既存の知識を習得し、応用することは当然であるが、それらの知識に 対してリアクションを起こす、つまり学生諸君の独創的な視点や考え方を提供することが より重要となるのである。むしろこれがなければ大学の講義自体が成り立たないと考えて もらいたい。リアクションをフィジカルに起こすツールは論文やレポートなど様々に準備 されているが、特にゼミの時間帯ではコメントの発言や討論という形で表れる。宮川ゼミ では、レポーターに当った学生は自分が読んだ論文に対して何らかのコメントをしなけれ ばならないし、コメンテーターに当った学生はレポーターに対してコメントを求められ、 レポーターもコメンテーターも当っていない学生はその両者の討論に対して口々に発言す ることによって成り立っている。学生各自の考えや視点が交錯し合ってゼミ室内にスパークが起きる。そのスパークからは時としてはっとするような新しいアイデアが生まれる。まだ人類が気づいていない新たな「知」が生まれる、かもしれない。というよりそれを目 的として大学の講義が存在しているのである。
 大学の教室というのはそういうものである。その目的のために設計されている(べきで あると私は考える)。クリエイティブなアイデアや思考が生まれるためには(私としては) 天井が高くて、窓が大きくて、窓からは緑が見えて、景色が吹き抜けていてほしい。本学の教室はそのように作られているし、本学のキャンパスが平坦で広々と豊かな緑を保って いるのはそのためである。
 すなわち大学の教室というところは新たな「知」が生まれる神聖な場所ということがいえる。私が正装して講義に出るのはその神聖な「場」に臨む決意を表することと、その場 に集う学生諸君に敬意を表することが目的である。したがって諸君にも心して教室に入ってきてもらいたい。
 ところで、私が以前勤務していた外資系の某企業のビルは当時皇居の近くにあったのだが、皇居側の壁面がすべてガラスになっており、壁一面から皇居の緑を明るい日差しとと もに見下ろすことができるという外資ならではの不敬というか尊大な作りであった。特に 会議室は全面ガラスの広い窓とともにゆったりとスペースが取られており、寝不足が続い た日は一瞬にして熟睡へといざなうリクライニングチェアが標準装備されていた。本学の 環境ほどではないが、なんとなくクリエイティブなアイデアが浮かびそうな環境作りに努 力をした形跡がうかがえる。一方、蛇足だが、私が長年務めた国内の投資銀行の会議室は、 申しわけ程度の狭い窓から見えるのが大手町ビル街のコンクリート壁という有様で、会議 というと監獄に入ったような気分になったものである。しかし、私はここでも異なる目的 でネクタイをして正装していた(ボウタイはしないが)。常に TPO を考える必要もある。 つまり正装せずに講義をする先生が間違いだと言っているのではないので十分に注意され たい。ラフなスタイルで学生の自由な発想を引き出すという考え方も極めて正しい。私の ボウタイやサスペンダーは個人的趣味に過ぎない。
 もう一点だけ付け加えておきたい。その個人的趣味は今の時代にエコではないとの批判 があるだろう。そうではない。たとえ気温が高くてもダブルのダークスーツをキチンとタ イアップして着こなし、涼しい顔をして颯爽と歩かねばならない。それがダンディズムと いうものである。したがって、夏にエアコンの設定温度を 28 度にすることには反対してし ない。むしろクールビズなどと称して似合わないポロシャツや解禁シャツをだらしなく着 たオジサンがダラダラと流れる汗をぬぐっているのを見ている方が暑苦しい。

 

 

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