卓越した在庫管理能力で勝負する「小楽亭」の中華ざんまい
店に入るなり「いつものネ」と注文することにちょっとした憧憬があった。それを実現してくれた店の一つがここ「小楽亭」である。で、私の「いつもネ」は担々麵セット。夏場は冷やしになる。猛烈に辛い担々麵は最近の流行りだが、この店のゴマの香り豊かな程よい辛さには安心感を覚える。甘さと旨さがきちんと織り込まれた豊かで濃厚なダシである。しっかりしたひき肉とコシのあるちぢれ麺の相性がいい。ひき肉の隣に緑色のホウレン草が載せられ、その色どりが見た目にも食欲をそそる。冬は芯から体が温まり、夏はスカッとさわ
やかに味わえる二毛作メニュー。この担々麵に私の大好物である焼き飯がついて夏も冬も 880 円。
こちら担々麵セット 880 円
寒い冬は担々麵が人気です
ただし、この店に来て担々麵セットを「いつもの」メニューに固定化するのはもったいない。なにしろメニューが豊富である。店の壁中にさまざまな色とデザインでメニューが手書きされている。この手書きのメニューこそ学生街の中華屋。こうでなくてはならない。牛、豚、鳥、海鮮に豊富な野菜類を駆使した各種定食はどれを選ぶか迷うだけで楽しい。八宝菜だろうとスタミナ丼だろうと中華丼だろうと麻婆豆腐だろうとエビチリだろうと、品切れということがあり得ない。あり得ないほどバラエティに富んだ定食群を支える食材の在庫管理は一体どうなっているのか、一度詳細な取材する価値がある。
昼時になるとカウンターもテーブルも小上がりも満席状態だが、店はご夫婦お二人で切り盛りされている。厨房のご主人の顔は見たことがない。私はカウンターに座ったときにご主人の調理する姿を小窓から観察するのが好きである。小窓からは胴体だけが観察でき、その表情は知れない。狭い厨房内をせっせと、しかし寡黙に動き回り、力強く大きなフライパンを振る。足音を立てずスルスルと無駄なくまな板とコンロ台を往復する。
「ただものじゃないな、このオヤジ」そう思わせる体の動きだ。もちろんその厨房から絶え間なく繰り出される料理の味は一級だ。何の変哲もない杉本町の駅近く、学生相手の中華屋に置いておくのは惜しい人材である。
おかみさんはシャイで口数が少ないが、とても親切で気が利く。私が店に入ると「まいどです~」とやさしく迎えてくれる。「一緒に写真に入ってよ」と頼んでも「私?ええわ~」と言ってはにかむ表情がかわいい。この日はおかみさんに写真を撮っていただいた。
メニューについてもう少し紹介しておこう。私はしばらく担々麵セットの中毒になっていたが、最近はゼミ生から推奨された麻婆茄子ラーメンの虜になっている。通称「マー茄子ラーメン定食」はゴロゴロと大きく切った麻婆茄子にラーメンが入っている。もちろん焼き飯つきである。アツアツの麻婆茄子で口内をやけどして、口の中の皮がはがれているのを舌で確認しながら店を出るのがお決まりだ。焼き飯をつけるのはちょっと塩分過多なので、麻婆茄子ラーメン単品プラス白飯を最近の私はご贔屓にしている。
こちらがウワサのマー茄子ラーメンです
こちらはボリューム満点の焼きそばセット
中華屋の王道だが、ラーメンがつくセットメニューは丼ものパターンでは、中華丼、麻婆丼、スタミナ丼、
天津丼に醬油ラーメンがつく「どんぶりものセット」がある。もちろん「やきめしセット」もあり、ラーメン、味噌ラーメン、五目ソバ、チャンポン、八宝メン、天津メン各種麺類には焼き飯がつく。いずれも 700 円。
ここで主張しておきたいのだが、ラーメン系セットメニューの主役を張るシンプルなこの醤油ラーメンが絶対にうまい。最初にこの基本となる醬油ラーメンを食べた時にはビックリした。透明のあっさりしたスープだが、まろやかでコクがある。体内に何の抵抗もなくしみわたる気がする。このスープにコシのある卵麺がきっちりと存在を主張し、これ以上なく完成度の高い醬油ラーメンに仕上がっている。これ単独で都会にある流行のラーメン専門店も叶わないはずだ。
担々麵も麻婆茄子ラーメンもオススメなのだが、まず初心者は基本となる醤油ラーメンをまっしぐらに食べてほしい。まるでこの店のご主人が流行のラーメン専門店にこう言っている気がする。「ラーメンしか作らないんだろ?で、そのレベル?うち、ラーメンてこれが当たり前だからさ。」
本稿は大阪市立大学商学部宮川研究室ウェブサイトで展開している「宮川ゼミくいだおれ ガイド」に掲載されたものです。
本稿における観察及び意見は宮川壽夫の主観による個人的見解であって大阪市立大学の考えを代表するものではありません。
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