宮川研究室の野望

宮川研究室の野望 ~研究分野と目指す方向について~

 大阪市立大学宮川壽夫研究室はファイナンス理論に依拠した幅広い研究を行うことを目的とした集団です。宮川研究室で扱うファイナンス理論は特に企業行動を研究対象としたコーポレート・ファイナンスを主体としています。資本市場を通して形成される企業価値という概念を中核に据え、世の中で起こる様々な現象を科学的に解明していくこと、それがわれわれの目指す学術的社会的貢献です。
 ファイナンスというと企業の資金調達や M&A や株式市場など一端のみがクローズアップされがちですが、実際にはもっと幅広くかつ企業経営の根幹に関わる学問領域です。経営陣はもとよりおよそビジネスに関わる人々はファイナンスの基本的知識を身につけておかなければなりません。さらに今後ファイナンスを取り巻く諸問題はますます世界的なホットイシューとなり、大きな発展が期待されている分野です。
 宮川研究室の学問的フレームワークを少しわかりやすく説明してみましょう。才能と野心を持った経営者に投資家として出資を行う株主がいます。株主と経営者は資本市場において出会い、経営者は株主から出資を受けた資金を使って企業として事業に投資を行います。やがて事業が成功すれば企業はキャッシュを生むことになります。キャッシュは株主に対して配当という形で還元されるか、事業に再投資されてさらに企業の拡大や維持を目指すことができるわけです。めでだし、めでたし。
 ところで、誰にとって「めでたし」でしょうか。経営者は投資家の出資によって自分の才能を発揮する場を得て裕福になるかもしれませんし、株主も配当を受け取ることができます。しかし、実際には事業から恩恵を受けるのは株主と経営者だけではありません。事業を行うためには例えば原材料を仕入れる取引先が必要です。新たな事業が生まれることによって当該企業の取引先は潤います。また、事業が拡大すれば経営者は従業員を雇わなければなりません。つまり、ここでは雇用が創出されます。さらに、お客さんもできます。多くのお客さんが当該事業の提供するサービスを享受する機会を得ます。そして事業から得た利益の一部は税金として政府に支払われますから国も潤うことになります。このようにして企業の付加価値は最終的にGDPとして一国の経済を拡大させることになるわけです。世の中全体がめでたし、めでたし、なのです。
 才能と野心はあるが、おカネが足りない経営者のことを資金不足の経済主体と呼びます。一方、才能はないが、ちょっとした野心とおカネが余っている投資家は資金余剰の経済主体です。資金余剰の経済主体から資金不足の経済主体におカネが動くことによって全ての人がハッピーになり、経済が拡大する、これが宮川研究室の出発点とする考え方です。経営者の才能と野心が発揮されて、いかに世の中の人々をハッピーにしているかを測るモノサシが言わば企業価値になります。そして、資金余剰の経済主体から資金不足の経済主体に資金を融通することが金融です。企業価値は企業が将来生み出すキャッシュを元にして計算されます。将来キャッシュを生んで人類の幸福と経済の発展に役立つだろうと考えられる企業が資金余剰者の出資を受け、再び世の中に貢献することができます。したがって企業価値を最大化することが企業の目的となります。
 とても美しくまとまりました。しかし、世の中はそれほど甘くありません。上記に述べたことは理想の世界です。宮川研究室はこの理想の世界から出発して、なぜ現実は理想通りにならないのかを様々な事例を取り上げて探求します。才能と野心のない人が経営者になってしまうと理想の世界は実現しませんし、経営者や事業を見抜けない人が株主になってしまっても理想の世界は実現しません。全ての人が望んでいる理想であるはずなのになぜ現実にはそうならないのか ━ なぜ才能のない人が経営者になってしまうのか、なぜ株主はそれを見抜けないのか、そして、なぜ株価は間違えてしまうのか ━ 世の中には解決されなければならない謎が山ほどあります。つまり宮川研究室が取り組むファイナンス分野のミステリーには事欠かないわけです。

宮川研究室と市場理論

 非常に乱暴な表現をすると、ファイナンス理論の目的は世の中にある事業は何にでもおカネで価値をつけようとするところにあります。世の中にあるものはすべて市場で売り買いの対象にしたいからです。これがファイナンス理論の醍醐味と危うさです。優秀な経営者とは何でしょう?おカネで評価してしまいましょう。優れた企業とは何でしょう?それもおカネでカタをつけましょう。「A社のマーケティング戦略はすばらしい」と聞いたら「なんで?」と問いましょう。「だって売上が上がったから」と言われたら「それがどーした?」と言い返しましょう。どのようなリスクをとってどのようなリターンを得たのかが問題です。我々の関心はそこにあります。優れた事業戦略の目的とは売上を上げることではありませんし、事業規模を拡大することでもありません。リスクとリターンによって測られる企業価値を最大化することが企業の目的なのです。
 ファイナンス理論にかかれば何でもかんでも「おカネでカタをつける」ことになります。おカネでカタをつけるということは市場理論に則ることを意味します。誰もが安く買って高く売りたいと考えて人々が集まってきたところが市場です。市場ではそのような人々の多くの英知が結集して価格が形成されます。だから市場で付いた価格で行動する、つまりおカネでカタをつけることは最も公平な手段となるわけです。
 さて、実は宮川研究室の最大の疑問はここにあります。本当に市場は公平な価格をつけることができるのか、本当に何でもかんでもおカネでカタをつけることが正しいのか、そもそもそんなことが本当に可能なのか、という疑問です。我々は決して市場主義者ではありませんし、もちろん拝金主義者でもありません。むしろ市場には限界があると考えています。限界が生じる理由はあくまで感情を持った人間が主役として存在しているからです。市場の限界がどこにあるのか、ファイナンス理論の限界がどのように生じるのかを追求することが宮川研究室の研究課題なのです。

科学的思考と計量経済学

 宮川研究室で行う研究スタイルは「実証的研究」と呼ばれるものです。独創的な仮説を設定し、その仮説を検証するために膨大なデータを収集し、検証結果によって少しずつ仮説を修正して行くというスタイルを採ります。そのために科学的思考と計量経済学を土台としています。
 科学的思考とは因果関係に着目してモノゴトを見ることです。そして因果関係に客観性を与える行為のみを我々は「分析」と呼んでいます。結果がどのような原因によってもたらされたのかという因果関係を特定することが重要です。人間は因果関係を正確に持ち出されると理解しやすく、また説得されやすくなります。
 しかし、原因と結果を正しく結びつけることはさほど容易ではありません。例えば「苦しい練習をして試合に勝った」という場合に、「試合に勝った」という結果が「苦しい練習」という原因によってもたらされたかどうかは簡単に特定できません。このことを帰属錯誤といいます。相手が弱かったからかもしれませんし、そもそも「苦しい練習」とは何かという定義もあいまいです。「もたらされた結果」に「結びつく原因」を正しく定義して両者を特定するためには一定の技術と知識が必要です。宮川研究室では科学的思考論という体系的概念を確立し、これを学ぶことにしています。科学的思考論を土台にして、いかに独創的で大胆な仮説を設定できるかが研究への第一歩です。「面白いコト言うなあ」とか「そんなコト言った人は今まで誰もいねぇぞ」というような仮説に我々の知的好奇心は興奮します。宮川研究室に来てどんどん「面白いコト」言ってみて下さい。
 仮説が設定されたら仮説の検証を行う段階に入ります。様々な検証方法がありますが、宮川研究室ではまず定量的なデータを収集することから始めます。仮説は客観的な数値によって計測できることが基本だと考えるからです。膨大なデータを整理して検証するためにも一定の技術と知識が必要です。そのために宮川研究室では科学的思考論と並行して計量経済学を学びます。計量経済学と聞いてあまりビビらないようにして下さい。それほど難しいことをするわけではありません。一般的な文系の学生が十分に使いこなせるレベルを設定しています。あくまで仮説の面白さや発想のユニークさが主役です。先に述べたように宮川研究室では現実の人間が主役になるという点から、ファイナンス理論に依拠しながらも理論の限界にチャレンジすることを目指しています。宮川研究室で生み出された仮説は正確に人に伝えることができ、かつ影響力を与えることができなければなりません。仮説が定量的なデータに基づいて計測され、検証され、試されてはじめて科学として普遍性を持つことが可能になります。
 そして、以上のようなプロセスを経て得られた結果は次の世代に引き継がれながらやがて世の中にとっての新たな「知」となり、人類の繁栄に貢献することになるのです。われわれは常に壮大な発想を持って日々のゼミ生活に取り組んでいます。

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